『ハングリー精神とは?』

Juan Varon practica

 前回ブログの身体能力の違いついてと同様に調べたかったのは、ハングリー精神の違いについてです。

 これまた、日本のマスコミも、多くの指導者も、ラテンアメリカ選手の活躍の要因をそう表現していますし、多くの日本人の方がそう信じていますが本当にそうなのでしょうか。

 ドミニカ共和国内の経済状況は確かに良くはありません。首都サントドミンゴに次ぐ第二の都市はニューヨークと言われるほど、アメリカへの出稼ぎ労働者も多く、国外からの送金も大きな収入源となっています。

 ただし、だからといって本当にそれが野球技術に大きな影響を及ぼし、こんなに多くの選手を輩出することに繋がっているのかというと、それほどまでとは感じません。現に本当に貧しい子供たちは生きていくために靴磨きやお菓子売り、時に物乞いもしなくてはならず、野球などできる状況ではありません。

 たった2ヶ月間ですが、現地に滞在してたくさんの人と接しているうちに、経済の状況以上に彼らの活躍につながる大きな要因が他にあるような気がしてきました。

 1つ目は「結果は神が決める」という哲学。

祈り 2014
(練習前に神様へのお祈りを必ず行うチーム)

 確かに経済的には厳しい状況にあるドミニカ共和国で、野球で成功するということは男の子なら誰もが夢見ることです。うまい子から下手な子、大きい子から小さい子まで、本当に全員がメジャーリーガーを目指しています。しかし、どの年代の野球を見ても、日本人が想像しているようなハングリー精神のようなものは見当たりません。「絶対にメジャーリーガーになるぞ!」「絶対にこの試合に勝つぞ!」なんて叫んでいるチーム、選手は皆無です。日本では、どんだけ「絶対勝つぞー!」とか「目指せ甲子園」とか言ってることか。

 15-16歳の試合を見ていた際に、隣に座っていた人がけっこう上手なキャッチャーのお父さんだったので、息子さんにはメジャーリーガーになってほしいんでしょ?と聞いたところ、実に力みなく〜、「いや〜、競争は激しいからね〜。まあ神様が望むならね。」と。

 マイナーリーグでプレーしているあらゆる選手に、なんとしてももうすぐ手の届くところにあるメジャーリーガーになりたいんでしょ?と聞いても、「確かに良い結果が出ることを個人的には願っているよ。でもね、結果というのは我々がコントロールできるものではないんだ。神様のみが決めることなんだ。結果はどうなるかわからない。僕たちは淡々と練習をして自分たちの能力を最大限に伸ばすことだけを考えているんだよ。」という回答が返ってきます。

 開発途上国に滞在した経験がある方ならご存知だと思いますが、彼らの社会というのは思うようにいかないことの連続です。断続的な停電・断水、いつ来るかわからない(時刻表なんてない)公共交通機関、一世代では到底どうすることもできない激しい貧富の差、傘が何の役にも立たない激しいスコール・・・。日本のような先進国では、大抵のものは予定通りに進み、人が何でもコントロールできると思いがちですが、彼らはそうは思っていません。

 明日の仕事の予定を確認して、集合時間も確認して、電話を切る前に「じゃあ、明日会おうね!」と言ったら、「神様が望むならね!」と返されることはザラにあります。日本人なら、おいおい神様が望まなくても来てくれよ!と言いたくなるけど、彼らの考えでは、人がコントロールできないものもたくさんある、激しいスコールで家から出られないかもしれないし、同じ方角へ向かう人がいなければいつまでたってもバスが出発しないかもしれませんしね。

 そういった考えからも、野球においてはコントロールできない結果を気にするよりも、日々の練習の中で少しでも自身の能力を伸ばすことに集中できていて、それがやがて大きな力になるのだと思います。

 2つ目は「前向きな心」。

海辺の家族
(仕事がないと言いつつ底抜けに明るい家族)

 ラテンアメリカの中でも特にカリブ海周辺地域は明るく楽しい人々が多く暮らしています。日本よりも厳しい環境で暮らす彼らにとって、明るく楽しく過ごすことは最も重要なことなのかもしれません。特に自分が失敗した時、嫌なことがあった時の切り替えは非常に早いものがあります。僕もドミニカの人によく言われました。「いいか、もし嫌なことがあっても、自分がミスしても、すぐに忘れればいいんだ。今日、大失態を犯して会社をクビになっても、自分の会社が倒産しても、とりあえずお酒を飲むくらいの少しのお金はあるだろ?仲間と一緒に飲んで踊れば、今日もハッピーな一日になるじゃないか。明日、好きな人に告白してフラれたとしても、それは翌日以降にもっときれいな女性が現れる前兆なんだよ。」と。

 そういう風に考えていると、失敗したらどうしよう、怒られるのは嫌だからやめておこう、という消極的な選択は生まれず、まずは挑戦してみよう、やってダメでも次は違う方法でやってみようと常に積極的な言動になるのだと思います。現に自分も現地の人と話していると、この冗談を笑ってくれなかったらどうしよう?なんて思う間もなく、口が勝手に話しています。ウケないわけがない、絶対笑うもんだと思いこんでいます。例えその冗談がスベっても、それをおもしろい冗談に変えて返してくれる安心感で、さらなるトライ!と、国民全体がそんな雰囲気です。

 野球というスポーツは失敗のスポーツだとよく表現されます。打者は10回中、3回打てればヒーロー。実に半分以上の7回も失敗できるんです。10年間で280億円の契約をしているロビンソン・カノーだって半分以上は打てないんです。どうせ半分以上は打てないのだから、打てなかったらどうしよう、なんて考える必要は全くないんです。打てると思って打席に入って、打てなくても次は打てると思う、指導者としては選手がそういう気持ちで打席に入れるようにサポートしてあげることが重要なのではないかと思います。

 勝敗も一緒ですね。プロですら80勝60敗、つまり4勝3敗ペースで優勝できるスポーツですので、勝たなきゃいけない、負けたらどうしようなんて思う必要ないんです。逆にそういう風に思わせてしまうトーナメント制の大会は、どんどん子供達の積極性を阻害し、可能性を狭めてしまうので、子供達のことを思うならどの年代もぜひ早めに廃止するべきだと思います。

 失敗しても気にしない、どんどんトライする、自分はできると思ってやる、彼らが日常から繰り返しているこれらの文化・習慣と野球というスポーツの特性がマッチしているのではないかと思います。

 3つ目は「利他の心」。

ストロップ 店

ストロップ 店員
(ペドロ・ストロップが自身の村に開いたお店で働く定員さんたち)

 今回の滞在で知り合った現役バリバリのメジャーリーガー、ペドロ・ストロップ(シカゴ・カブス)やサンティアゴ・カシージャ(サンフランシスコ・ジャイアンツ)、フランシスコ・リリアーノ(ピッツバーグ・パイレーツ)、フアン・ウリベ(ロサンゼルス・ドジャース)はフアン・バロン村という本当に小さな村の出身です。農業が少し行われているだけの決して裕福ではない村で育った彼らは、夢を掴んだ今でも自身らの村を愛し、オフの期間はこの村の住民と共に公園で話したり、ソフトボールを楽しんだり、時には道端で一緒にお酒を飲んだりして過ごしています。

 そして、そんな彼らのとっている行動というのは、自分だけではなく、村の人々のために貢献するということです。仕事につくことがなかなかできない村人もいるため、自らお金を出して売店をオープンして村人を雇ったり、財源が不足する市役所に寄付をして暗い道に街灯をつけたり、貧しい家庭の子供達にユニフォームを寄付したり。この村出身ではありませんが、ラファエル・ソリアーノ(ワシントン・ナショナルズ)が寄贈した救急車が走っているところも目撃しました。

 彼らは、確かになみなみならぬ努力を今でもしています。しかし、前述のように結果は神様が決めるものであり、メジャーリーガーになった自分が偉いというそぶりは全く見せません。たまたま、村に迷い込んだ日本人の僕にも敬意を払い、対等の立場で接してくれます。みんなを代表して神様が自分に幸運を与えてくれたのだ、だから周りの人々に自分が貢献することは当然だと思っています。

 彼らも含めて多くの選手や指導者が口にすることは、「自分たちの国は確かに貧しい。だから神様の助けを受けて、野球で成功することができれば、自分の生活だけではなく、自分の村やドミニカ共和国という国をもっともっと豊かにすることに貢献したいんだ。」ということです。

 自分のためではなく、誰かのために動く時、人は普段以上の力を発揮できることは日本人の我々も知っていることだと思います。彼らの利他の心と実際の行動がメジャーリーグという大きな舞台で力を発揮する一つの要因になっていることも真実だと思います。



 僕の解釈なのかもしれませんが、日本人の言うハングリー精神とはこの3つからなりたっているのかなと、現地にいて感じました。

 数式にすると、
 『ハングリー精神=先の結果を気にせず自身の能力を伸ばすことに集中する➕失敗を恐れない前向きな心➕利他の心』
 なのかなと思います。

 でも、よく考えてみてください。この3つは経済的に貧しくないとできないことでしょうか?我々、日本人にはできないことでしょうか?

 「彼らにはハングリー精神がある。」と言うことは、我々にはハングリー精神が足りない、少ない、もしくはない、ということ。同時に、「我々は結果を気にして自身の能力を伸ばすことに集中できていない、失敗を恐れて後ろ向きな心になっている、利他の心を失って自分さえ良ければ良いと思っている。」ということを自ら公言しているようなものではないでしょうか?

 でも、人に言う前にまずは自分が行動ですね。結果ではなく自身の能力を伸ばすことに重きを置き、失敗してもめげず常に明るく前向きに、そして利他の心を持って、学び・行動・発信をこれからも続けて行きたいと思います。

 選手たちがそういった気持ちで野球や普段の生活に取り組める環境づくりが保護者や指導者や大会運営者など、選手たちの周りにいる大人の仕事です。共に取り組んで、日本の未来を明るくしていきましょう!

 

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