『子供・選手への敬意』 

leones 子ども 2014

 日本では一緒にならないものが一緒になる国。上も下もない、表も裏も一緒、それがドミニカ共和国のような気がします。

 日本など、儒教の影響がある国では、指導者が(つまり年上の者が)選手(年下の者)を指導する際に、選手から指導者への敬意はあっても、指導者から選手に対する敬意はないケース、もしくはあっても選手から指導者に対する敬意よりも少ないケースが多々あると思います。

 会社でもそう、上司に『No!』だとか、『それ間違っていますよ!』とか、『考え直した方が良いんじゃないですか?』とか、日本ではなかなか言えませんよね。それが大きなストレスになっているケースも少なくないと思います。

 野球の現場でも、小学生からプロまで同じような傾向があると思います(日本の場合は指導者だけでなく、先輩に対してもか・・・)。

 一方で、ドミニカ共和国などラテンアメリカ諸国では、大人と子供、指導者と選手の関係はフラットです。子供たち、選手たちは、なんでも大人や指導者に対してものを言います。『今日はもう疲れたからこれ以上投げない。』『(打撃投手をしている指導者に)もっとこの辺にボールを投げてほしい。』くらいは当然言いますし、どこか調子悪いのか?と聞いた指導者に人差し指を立てて軽く横に振る(Noのサイン)だけとか、話を聞くときに腕を組んでリラックスして、返事も特になし。日本人なら誰もが、なんだこれは?と最初は思ってしまうと思います。

 でもこれ、一見お互いにリスペクトしていないように見えて、実はしているんです。特にこちらの指導者の方がよく使うのが『(お互いの)信頼』という言葉です。

 『才能を持った選手が、それを開花させられずに終わってしまうケースがある。その一番の原因は、指導者と選手の信頼不足を要因とするほんのちょっとしたコミュニケーション不足なんだ。どこか調子がよくない、いつもと何かが違う、少し体に疲れが出ている、ちょっとした異変を選手自身が気づき指導者に伝えられるかどうかが大切で、もし指導者に伝えることを恐れてそのままプレーを続けてしまったら、彼のもっている能力を発揮できなくしてしまう事態につながっていくんだ(これ日本でおこりまくってないですか・・・?)。だから指導者は選手がなんでも言いやすい環境を作ってあげることも大切だし、選手のちょっとした変化に指導者が気づいて無理をさせない、安心して休んでいいよと伝えることもすごく大切なん だ。』と、いつもお世話になっているLAドジャースのアントニオ氏。

 儒教の教え、日本の礼儀正しい文化をもちろん否定する気もないし、むしろ素晴らしい文化だと思うけど、気を付けなければならないことは目上の人に対して絶対服従になる可能性も秘めているということ。

 『(昨日も投げたけど)今日もいけるか?』、『(100球を超えているけど)まだいけるか?』と、指導者が聞いたら、『はい、行けます!』と答えさせてしまう文化があるということ。世界的に連投や若いうちに100球を超える投球過多は選手の将来に良くない影響を及ぼすと誰もが知っていることなのに、『行けるか?』と聞くこと自体、指導者の責任を放棄している(僕は選手をつぶすダメな指導者ですと言っている)ようなものなのに、マスコミもまたそれを美談にして、一般の人々も納得してしまう現状があるということ。野球だけじゃなくて社会全体でありますよね。

 そんな状況を打破するために、ラテンアメリカの文化から学べることもいっぱいあるんじゃないかなと日々感じています。

 こちらでは、現役バリバリのメジャーリーガーと謎の日本人である僕も対等。知り合ったカシージャ(SFジャイアンツの抑え投手)もストロップ(カブスの中継ぎエース)もリリアーノ(パイレーツのエース)も、シリアコ(ブレーブスのユーティリティー)も全く対等の立場で世間話や野球に関する話を向こうからも平気でしてきます。

 同じ日に、道端で靴磨きや車洗いをして路上生活している子どもたちと僕が話をしても、これまた全くもって対等です。10歳くらいの路上生活している子どもに普通の大人が『おい、今日はいくら稼いだんだ!?』と聞いたりもしている、日本では一緒にならないものが一緒になる、でもそれが当たり前で自然なような気がしてきます。

審判 2014 2

 大会の審判も子供。しかもこんな格好で(笑)。
 下の写真の子、ランナーじゃないですよ。審判ですよ。

審判 2014 3

 1人審判ですべてジャッジしていて、見落としも全然ない。レベル高すぎ!球を捕るふりもするし。

審判 2014 1

 ある試合(11-12歳の試合)の最終回、3塁へ滑り込んだ選手が微妙なタイミングでアウト!

 立場は対等なので、微妙な判定に監督も審判が子供だからと容赦せずにセーフだと猛抗議。そしたら逆に相手チームの子供たちから集中非難を浴びて退散する監督(笑)。

抗議2

 試合終了後、改めて相手チームの子どもたちに取り囲まれる監督(笑)。

抗議1

 しまいには、隣で見ていた日本人(50代で日本では名監督)に、『オイ、そこのチャイニーズ!!さっきのプレー見てたやろ?アウトやったやろ?見てたんやったら彼に言うたってくれよ!!』の大合唱(笑)。

 子供が元気で明るくて、言いたいことが言えて、やりたいことがやれる、それこそがその国の明るい未来につながっていくんちゃうかなと思います。そして、それを見守る大人がいて、子どもたちも見守ってくれている大人に対し、いずれ何年後かには自然と感謝の気持ちと敬意を抱くようになる。

 日本では指導者と選手の距離感、親と子供、先生と生徒、上司と部下、色々なところで距離感の取り方が問題となっているが、それは敬意が一方通行になりがちなためにお互いの距離感がわからなくなるのではないかなと思います。

 ドミニカ共和国などのラテンアメリカ諸国のように、敬意が一方通行ではなく両方向でしかも対等であれば、良い距離感は誰に対しても図らなくても意識しなくても自然とできている。しかもその距離感が程よく近い。日本もそんな国にしたいなと今日もカリブの島で思いながら、野球も野球以外もすべてのことから引き続き勉強です。
 

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